2020年12月18日、OECDは「新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大に関する移転価格執行ガイダンス:(原題:Guidance on
the transfer pricing implications of the COVID-19 pandemic)、以下”本ガイダンス”」を公表しました。
本ガイダンスは137(2月には139に更新)の国・地域の同意に基づいたもとされています。これらの国・地域には、移転価格税制やその執行について必ずしもOECDの考え方に足並みを揃えてこなかった中国、インド、インドネシアといった国々も含まれ、広範なコンセンサスが形成されていると言って良いかと思います。
本ガイダンスの位置づけですが、OECD移転価格ガイドライン2017年版(以下”OECDガイドライン”)を逸脱するものではないとされ、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大(以下”パンデミック”)により生じたり、深刻化したりした(移転価格上の)問題に対し、あくまで独立企業間原則及びOECD移転価格ガイドラインをどのように適用するかという点に焦点を当てたものとして位置づけられています。
内容としては大きく以下の4つのポイントにアプローチしています。
1.
比較可能性分析
2.
損失及び新型コロナウイルス感染症特有の費用の配分
3.
政府支援プログラム
4.
事前確認
以下では上記のポイントについて、本ガイダンスにかかれている内容についてかいつまんで解説します。
1.
比較可能性分析
本ガイダンスは、通常比較可能性分析が現実的に入手できる過去のデータに基づいて行われる中、パンデミックが影響を及ぼしている直近年度について、実務上どのような検討をし得るか、という点について様々なアイディアを提供しています。
具体例としては、以下のようなものが挙げられています(他にもさまざま挙げられています)。
2020年の実績(の妥当性)のサポ―ト材料になり得る情報等
パンデミックが関連者間取引に及ぼした影響(売上・操業度の変化、パンデミックに伴い発生した追加費用、政府による支援、予算からの乖離など)の測定が実績のサポートに役立つ可能性があるとしています。つまり、パンデミックの影響なかりせば、異常な利益水準・所得配分になりませんよ、という説明ができれば移転価格の妥当性を説明できる可能性がある、ということを言っているものと考えられます。
検証対象と同時期の比較対象データの利用をあきらめる
検証対象となる企業がパンデミックに関するリスクを負っていなければ、そもそも2020年の検証において同時期の比較対象の情報が必要にならないケースもあるとしています。
納税者としては、関連者間取引の契約書をレビューして、例えば不可抗力による損失負担の条項で検証対象企業がその負担を負っていなければ、必ずしもパンデミックの影響を受けている企業の2020年の情報を比較対象データとして使用する必要はないものと思われます。
情報不足を前提として柔軟な分析を行う
納税者が誠意をもって独立企業間価格を決定しようと努力している場合には、紛争(税務当局にとっても負担が大きい相互協議など)を最小現に抑えるために、税務当局は実務上、以下のようなアプローチを考えられるのではないか、としています。
Ø
合理的な事業上の判断に基づいて移転価格が設定されていることを確認する
補足:納税者が判断の合理性を説明できるように、情報の入手や合理的かつ適切な価格設定の手続きを行っていることを示す必要あり
Ø 実績検証アプローチの容認
補足:2020年度の終了後、その税務申告までに入手可能な情報に基づき事後的に移転価格分析を行い、独立企業間価格で取引が行われたこととなるように税務調整(補償調整)する柔軟性を納税者に与えたり、補償調整に伴う二重課税回避のための相互協議の申請余地を保証したりすべきとしています。日本では本項執筆時点でその旨法令・ルール化されていませんが、移転価格税制の執行上OECDガイドラインが参考にされることとなっていることから、補償調整も選択肢の一つになるかもしれません。なお、申すまでもありませんが、補償調整の可能性があるならば、事前にその旨の取り決めをしておくことが望ましいです。
Ø
複数の移転価格算定方法を適用
補足:あくまで強制ではないとしています。
その他
Ø
他の危機があった時期のデータの利用(いわゆるリーマンショック時のデータの参照など)
Ø
危機時データの除外(ロックダウン中のデータを分析対象から除外するなど)
Ø
既存の比較対象の見直し(選定基準の見直し、損失計上企業の選定など)
2.
損失及び新型コロナウイルス感染症特有の費用の配分
OECDガイドラインは単純な機能・リスクプロファイルの企業は、長期的に損失を被ることを想定しないとしつつ、だからといって短期的に損失を被る可能性までを否定するものではないとの立場を明確にしています。
また、本ガイダンスは移転価格では原則的に「独立企業間であればどうか」という考え方を維持しており、既存の関連者間契約の見直しのほか、パンデミックを受けて突発的に発生したコストの配分の検討やそうしたコストを比較可能性分析上考慮することなども、有意義な移転価格対応につながる旨、示唆しています。
3.
政府支援プログラムの取り扱い
補助金支給等、経済的な影響がある政府の支援の影響については、比較対象を用いた分析上も考慮すべきものとされています。
また、政府の介入はその市場固有の条件であるとされ、その影響については、そもそもそれが市場の優位性といえるものであるか、また政府支援の便益が第三者の顧客やサプライヤーにどの程度転嫁されるか、といったポイントを踏まえて、分析上考慮すべきとされています。
本ガイダンスはこのほかにも様々な考慮事項を挙げていますが、いずれにせよ、政府による支援の影響を検証し、それが関連者間の取引価格にどのような影響を与えるか、独立企業間であればどうなるかを考えながら検討していく必要があるということであると考えられます。また、比較対象を用いて検証する場合にも、合理的な比較検証ができるように、政府による支援の影響を考慮することを忘れない、ということがポイントかと思います。
4.
事前確認
パンデミック関連の問題については、一か国ではなく関係当事国を巻き込むことで協調的に対応を図ることを推奨しています。
APAの締結は一部の大手に多いため、ここでは詳述を控えますが、既存のAPAであればその諸条件の妥当性に懸念があれば関係当局にアプローチすることなどが推奨されており、交渉中のAPAについては、APA期間を含め、合理的な取極めの実現を奨励しています。
冒頭で述べた通り、本ガイダンスはこれまでの移転価格の考え方を変えるものではありません。
しかし、本ガイダンスが多くの国・地域の合意に基づくものであることから、多くのケースでは通常食い違いがちな各関係当事国で議論の目線を合わせやすくなることが期待されます。また、納税者の皆様が懸念されている実務上論点について、具体例を交えながらどのような検証をし得るかが論じられているという点において、有意義なガイダンスになるのではないかと思います。
ただ、例によって、事前、あるいはタイムリーに分析を行い、文書化をはじめとする説明準備をしておくことが前提となっていることには変わりありません。グループとして、このパンデミックの影響をどのように捉え、移転価格に織り込んでいくか検討すること、またその経営判断のプロセスを説明できるようにしておくことが、移転価格対応上の処方箋になるのではないでしょうか。